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2026-06-27 (土)

2026-06-27 日次メモ
まこ テキスト

スマホの画面をスクロールするたび、SNSで定期的に燃え上がる「授乳ケープ論争」。日本の暗黙の了解のひとつには、「たとえケープで隠していようと、カフェなどの飲食の場で授乳されること自体に気分を害する人がいる」というものがあるらしい。

画面の中ではその主張が声高に叫ばれていたが、実際のところ、私はずっと半信半疑だった。

だって、布で完全に覆われていて何も見えないのに、一体何に気分を害するというのだろう。勝手に布の中身を想像して不快になるというのなら、それは服の下に下着を着ている人に腹を立てているのと同じではないか。

エチオピアの青空の下、道端でおっぱいを丸出しにして授乳する大らかさを知っている私にとって、この国の窮屈な議論はどこか滑稽にすら思えた。

時刻は午前10時半。待ちに待った友人との再会場所は、落ち着いた照明の上島珈琲だった。

千景の最後の授乳は朝8時半。その時は片方の胸しか飲んでくれなかった。案の定、行きの車内では火のついたようにギャン泣きして元気な声を聞かせてくれたが、抱っこ紐にすっぽりと収まると安心したのか、やがてスヤスヤと眠りについてくれていた。

しかし、平和な時間はそう長くは続かない。 友人と無事に合流してほんの数分。注文したばかりの香り高いコーヒーがテーブルにコトンと置かれたその瞬間、胸元で千景がふにゃふにゃとぐずり始めたのだ。

合流したばかりの今、ここを立って授乳室を探しに行けば、平気で20分は友人を待たせることになる。せっかくの時間が途切れてしまうのはもったいない。

私は小さく息を吐き、意を決してカバンから授乳ケープを取り出した。布を被り、千景を縦抱きにして自分の足の上に座らせる。見えない手探りの状態にも関わらず、千景はチュパッ、と自然に吸い付いてくれた。私がわざわざケープを覗き込んで位置を調整してやる必要もなく、片方をしっかりと飲み終えると、すっかり満足して再び静かな寝息を立て始めた。

授乳にかかった、ほんの数分間。現実世界では、SNSのようにわざわざケープ越しの授乳にケチをつけてくる人間など一人もいなかった。そもそも私自身、友人との久しぶりのおしゃべりに夢中で、周囲の目など気にも留めていなかったのだ。

そしてこの日、もう一つ気づいたことがある。 授乳中のことではないが、上島珈琲に滞在している間に、見知らぬおばあちゃんから話しかけられた回数はなんと4回にのぼった。

SNSの世界では「他人が勝手に顔を近づけて赤子を覗き込むなんてありえない」「勝手に触るな」という意見が溢れ、それに賛同する声も数え切れないほど見てきた。

実際、おばあちゃんたちは千景のほっぺを無邪気に触り、現代のネット上ではタブーとされている「母乳で育ててる?」という質問もストレートに投げかけてきた。

SNS上の"常識"に照らし合わせれば「マナー違反」なのだろう。けれど、私の心に不快感は少しも湧かなかった。

「大変な時期やけど、頑張ってね」 「本当に幸せなことやからねえ。かわいいねえ」

しわくちゃの笑顔で目を細め、愛おしそうに千景を見つめながら紡がれる言葉の数々。

全く知らない他人の赤子に対して無償に注がれる愛情にぽかぽかと温かい気持ちにさせられ、救われていたのは、他でもない私の方だった。そこは、理屈抜きのとても幸せな空間だった。

結局のところ、SNSというものは、閉鎖的で、アルゴリズムによって意図的に増幅された批判や負の感情が渦巻く場所にすぎないのだ。画面の中でどれだけトゲトゲしい意見が飛び交っていても、それによって不安になる必要はない(よし、またTreadsアンインストールするか。)

千景の温かい重みを膝に感じながら、私は少し冷めたコーヒーをゆっくりと飲み干した。 私たちが生きている現実世界は、画面の中の世界よりも、ずっと明るくて優しい。

  • りょうや
    母乳妖怪「千景」